東京新聞インタビュー
2002年3月19日夕刊
[旅立ちの詩]より転載
文・民井雅弘氏
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「あたしが声を大にして世間に言いたい事は、歳を取れば取るほど人間は生臭くなるという事。年寄りは自然に欲が枯れて淡々としてくるものだと教わってきたけど、そんなことは大嘘なんです。若者をほんろうして金儲けしているのは年寄りだし、老人が牛耳って政治の世界も欲ばかり。あたしは老人の新入生ですが、人生で一番危険な年代に入ってきたという実観があるんですよ」

21年間、レポーターとして出演した深夜番組「トゥナイト2」が三月で終了する山本監督。現在は、NHK大河ドラマへの出演など、俳優としても活躍する日々だが、時代と向き合ってきたその歳月は、自分を限りなくストイックにさせたという。

「若さを特権として働く女の子達に興味があって風俗をルポし続けましたが、ひたすら紹介する側で、あたし自身は風俗で遊んだことはない。いわば禅寺にいるような21年だったんです。その中で分かったことはが、人間は枯れていかないということ。だからこそ、昔の人はその危険性を知って、隠居したり、後進に道を譲ったり、自分から身を引いたんでしょうね。そういう意味でもあたしは老人という枠には入りたくないんです。六十歳になった時、東京湾に船を浮かべて還暦のパーティーを仲間が開いてくれました。あたしが還暦になったらぜひ呼んでくださいと言っていた女の子が来て、船が岸から離れるとその子が踊ってくれた。番組で知り合ったストリッパーの女の子なんですね。あたしが十代の時に思っていた事を六十歳にして実現した。考えてみれば、性的妄想もそうですが、あたし自身、進化もしていないし、後退もしていない。精神性は変わらないですね」

個人のことに世間を巻き込むのは粋ではない、という神田生まれの山本監督。それが還暦の祝いをを催したのには意味がある。

「還暦のパーティーはいわばあたしの生前葬なんです。自分が死んで大層な葬式をするのは照れくさくって、静かに消えたい。あたしは江戸っ子という風土病に侵されていますから、なおさらなんですね。この間、念願かなってアフリカに行った時にひらめいたんです。あたしはもうお通夜でストリップをやってもらって葬式は済ませちゃった。あとはどうするか。ライオンやピューマとか大好きなネコ科の動物を飽きずに眺めていた時に、彼らに喰われるのもいいなとね。あたしを喰った動物もいずれ死んで他の動物に喰われる。アフリカの大自然の中で永遠に続く食物連鎖の一環になることができるんです。死んでも世間に知らせる事はない。「この頃あいつ見ないね」「へぇ、死んじゃったんだ」「何だかバカな事やったらしいよ」なんて、飲み屋でチョイト話になるぐらいがいいんです。老いて行く事は、いまだ経験した事が無いパンドラの箱を開けるようなものだと思います。ほっておけば生臭くなるだけですし、年を重ねていけば、いい年寄りになるわけでもない。年を取っても陶酔の極致に至る事が出来る人がいれば、孤独を楽しめる人もいます。しかし、それが出来るのは、それまでの歳月の積み重ねに方によってなんですね。結局のところ、老いとは自分で開けた扉ですから、自分で考え、自分で生き方をつくるしかない。そして、死は究極の個人的な事であり、人生の最後に、自分なりのエンドマークを打てる事が出来るのならば、それほどの自由はない。そんな事を想像出来るのは、老いていく唯一の特権かもしれませんね」


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