月刊プレイボーイ日本版
インタビュー
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■ vol.3 ■
(PB)
性表現の自由と言うのはその国の文化レベルを測るバロメーターみたいなところがある。
(監督)
これまでの日本では2000年の長きにわたり「性は秘すべきもの」という歴史があった訳ですよ。それが、たとえばロマンポルノ裁判を10年の長きにわたり争ったりしてやっと文化になった。あたしもその一端を担ってきたという自負はありますよ。それを、秘さなければ青少年に害を及ぼすなんていう事を今だに言って性表現を圧迫する勢力があったり、一部の政治家がいたり、有識者の中にいたりなんかするというのは怖いですね。
(PB)
性に国家が干渉するというのは大人の発想じゃありませんよね。
(監督)
だいたい、国家が性に干渉するなんていうのは、国民を大人扱いしていないからですよ。国が指示するなんていうのは、発展途上国なんてぇもんじゃない、中世の魔女狩りに等しいくらい愚かな行為ですね。だから、性の自治区というものは、自分の中に持つべきものなんです。誰かに作ってもらうんじゃなくて、自分で作るんですね。そのために世の中に情報があるわけです。性の情報は若い者に知らせるべきだというのがあたしの個人的信念としてあるわけですよ。「トゥナイト」もそういうもので続けてきた訳ですし。それが、ジャリ番組に取って代わられてしまった。そういう意味では残念です。
(PB)
深夜の時間帯はほとんど若者向けのお笑い番組になってしまって、大人が見る番組はほとんどない。
(監督)
大人文化をどうするんだて言う話ですよ。あたしは神田生まれですけど、文化、文政年間には、江戸の消費は三千両と言われたんです。歌舞伎が千両、吉原が千両そして魚河岸が千両。芝居とSEXと食ですよ。見事なもんです。これは少年少女の為にあった訳じゃないんですよね。大人たちが謳歌していた時代なんですよ。日本というのは大人文化でやってきたわけですよ。それが今はすっかり大人たちが日和ってジャリ文化に迎合している。やたらと人を殺すゲームのCMがあるでしょう。そのゲームをやって親父がニヤリと笑いながら「ざまぁみろ」っていうやつ。あのCMを見た時、自分の親父がそうだったら、後ろから木刀で殴りかかると思ったんですね。ことほど左様に、巨大産業が子供にことごとく日和っているのが実情でしょう。子供たちがやってくるものに対して、おとなたちが立ち向かうものを何も持っていないと言う事ですよ。
(PB)
メディア側も大いに反省しなければいけませんね。
(監督)
テレビ局には倫理規定というものがあって、自主規制という名の手錠を持っている訳です。それで自分を自分で縛る。一方、現場サイドには表現者としての覚悟というものがあるべきです。でも今はそういう覚悟を持った「サムライ」が少なくなりました。
(PB)
それって、世の中の動きと連動していませんか?
(監督)
一番象徴的なんじゃないですか。30年ぐらいの住宅ローンを背負っている人間はリストラされるわけには行きませんから、言う事を聞きますよ。でも、フリーの人間は一本一本が勝負ですから覚悟を持って仕事をするんですけど、最終的には局の人間が判断するので却下される事が多くなってきていますね。今、フリーの人間にとっては氷河期ですよ。貧困の極地でなにかを描こうとしている人もいなくはないんですけど、やっぱり最終的にはその苦痛には耐えがたく、収入を得る方法へ妥協せざるを得ないと言うのはあるでしょうね。
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